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 まち歩きをする前に「佐原の基本情報」を知っておこう!!

  佐原市のおいたち

  佐原市のプロフィール

  佐原の観光情報(広域版)






























 佐原市のおいたち
 
 佐原市の歴史は古く、古代から香取神宮が鎮座し神官の祭典の時に使用する土器、「浅原(さわら)」を造って納めていたので「サワラ」という地名がついたともいわれています。「サワラ」という地名は「浅原」、「左原」、「砂原」、「沙原」などとも書かれますが、建保6年(1218)の古文書に「佐原」という文字が最初に登場します。




 古代の佐原地方の北部は、流海といわれる時期が長く続きました。その後、利根川の流れが今のようになるにおよんで、上流の泥砂を沈積していき、デルタ地域を形成しました。佐原市はこのデルタ地域や、利根川南岸の低地部の水郷と呼ばれる地域と下総台地(丘陵)の一部の台地からなっています。


 鎌倉、室町時代には、千葉氏一族の矢作城主国分氏に支配されていました、天正18年(1590)の矢作城の落城に伴い、家臣の伊能氏が帰農し、開拓したことに始まり、江戸時代初めから、十六島の新田などや利根川のデルタ地域の開発により、元禄年間にいたるまで耕地を広げ、発展してきました。


 さらに、利根川水運が発達したことにより東北諸藩の年貢米やその他の物資の集散地として繁栄し、「お江戸みたけ
りゃ佐原へござれ佐原本町江戸まさり」といわれる程、利根川流域の交通・経済・文化の中心として発展を続けました。


 明治維新により佐原は安房上総知県事に属し、明治2年には、宮谷県となり、明治4年には常陸(現茨城県)の新治県に統合、その後明治8年に千葉県に編入され、現在に至っています。


 昭和26年3月、当時の佐原町・香取町・東大戸村・香西村が合併して佐原市が誕生しました。その後昭和30年2月、新島村・大倉村・津宮村・瑞穂村と第2次合併を行い、現在の佐原市となりました。





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 佐原市のプロフィール




≪位 置≫

 千葉県の北東部に位置し、利根川を挟んで茨城県と接しています。東京から70q圏、千葉市から50q圏にあり、世界への玄関、成田空港から15q圏に位置しています。

     ・東経  140°29′38″
     ・北緯  35°53′51″
     ・面積  119.86平方q(東西13.5q、南北14.0q)


≪地勢≫

 市北部を東西に利根川が流れており、市を南北に二分しています。
 利根川以北は利根川の沖積作用によって出来た低湿地帯で、いわゆる水郷の風景を展開しています。利根川以南は利根川沿いの一部を除き、波状に起伏した洪積台地を形成し、北総台地の一部を形成しています。


≪気 候≫

 気候は温暖で、昭和60年〜昭和62年の3年間の平均気温は14.1度、年間降水量は1,300oです。風向きは夏は南方、冬は北方の比率が高く、降雪は稀です。


≪人口と産業≫
 佐原市の人口は平成12年国勢調査では48,328人、世帯数は14,765世帯となっており、この10年間は人口、世帯数ともほぼ横ばい状態です。
 産業構造は、昭和60年国勢調査時、第3産業(57%)の占める割合が最も高く、続いて第2産業(23.1%)、第1産業(19.8%)となっています。


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 佐原の観光情報(広域版)


  香取神宮   佐原水生植物園   大利根博物館   加藤州十二橋   市民プール

  光福寺   西坂神社   大戸神社   大龍寺   側高神社   鳥居河岸

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 ≪香取神宮≫


香取神宮の楼門

  祭神  経津主大神(ふつぬしのおおかみ)
       (天孫降臨に先立ち武甕槌神とともに葦原中国の平定に派遣された神)

 古来から国家鎮護の神として皇室との縁も深く、また名神大社として下総一の宮と呼ばれています。心願成就、縁結び、安産の神として、また、平和・外交の祖神として勝運の神、交通安全の神、災難除けの神として有名です。

 現在の正殿、楼門は、元禄13年(1700年)徳川綱吉による造営です。国の重要文化財の楼門には東郷平八郎元帥筆の「香取大神宮」の額が掲げられています。

 国宝「海獣葡萄鏡」をはじめとして、沢山の文化財があり、境内は香取の森として、県の天然記念物に指定されています。

 毎年、4月第1土曜、日曜日の御田植祭、4月15日の神幸祭、12月7日の団碁祭など多くの祭典があり、特に12年毎の午年に行われる式年神幸祭は大祭で有名です。


  香取神宮ホームページへ

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 ≪佐原市立水生植物園≫



 佐原市立水生植物園は、昭和44年に開園し水郷筑波国定公園の表玄関として水と緑を生かした観光レクリエーション施設です。

 園内には 400品種 150万本の花菖蒲と 300品種以上(品種数日本一)の花ハスを中心に水辺の植物を栽培・展示しています。

 佐原市HP:水生植物園紹介ページへ

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 ≪大利根博物館≫





 千葉県立大利根博物館ホームページへ

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 ≪加藤州十二橋≫



 水郷随一の名勝として『加藤洲十二橋巡り』があります。十二橋とは、佐原市加藤洲地区の水路に架かる小さな橋々の総称を言います。かつて加藤洲地区周辺一帯は水路が縦横に張り巡らされており、人家と人家を行き来するためにひと一人がやっと通れるような小さな橋が架けられていました。以前は、このような橋が12あったので12橋と呼ばれています。

 ここをサッパ舟と呼ばれる小舟に乗って女船頭の巧みな竿捌きで細い水路を進むとたっぷりと水郷情緒を味わうことができます。

 乗船場は、水生植物園周辺にあります。

           料金   1人 1,300円
           所要時間 約50分
           舟組合連絡先 奥水郷観光協同組合
                         0478-56-1837
                     与田浦観光組合
                         0478-56-0183

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 ≪市民プール≫



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 ≪光福寺≫



臨済宗妙心寺派

 本尊は運慶作といわれる釈迦如来(仏教の開祖、釈迦)木像です。

 後醍醐天皇の勅願寺として、また、足利氏、千葉氏、国分氏の帰依を受けた古刹です。

 寺には、古文書のほか、後水尾天皇の袈裟や後醍醐天皇の綸旨、十分杯(水を一杯に注ぐと下の穴から全て漏れてしまうという不思議な杯)等があります。

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 ≪西坂神社≫



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 ≪大戸神社≫



祭神 天手力雄命(あまのたぢからおのみこと)
      (天照大神が天の岩屋に隠れた時、戸を開いて大神を連れ出した大力の神)

 江戸時代までは香取神宮の第一末社
 嘉暦3年(1328年)3月の銘のある「羅龍王面」をはじめ「納曽利面」等の面が3面あり、県の有形文化財に指定されている古鏡や古文書等の文化財があります。

 毎年4月7日の例祭、1月14日から16日にかけて行われる御花祭等が有名です。

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 ≪大龍寺≫


大龍寺のノウゼンカズラ

臨済宗妙心寺派

 本尊は千手観世音菩薩(限りない慈悲を表す観世音菩薩、千の慈悲の眼と千の慈悲の手を供えて生あるものを救う)です。

 平安時代の創建で、中世、矢作城主国分氏の帰依を受けていました。今は大部分が失われていますが、中世の古文書の一部や、金泥の板碑をはじめとする多くの板碑が残っています。夏の盛りにはノウゼンカズラが万を越す花をつけ、訪れる人の目を楽しませています。

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 ≪側高神社≫



「脇鷹」、「側鷹」、「曽波鷹」神社とも記されていますが、不思議なことに昔から祭神は神秘とされていて、知る人がいません。

 本殿はいずれも中世末期の地方的特色がうかがわれ、県の有形文化財に指定されています。鳥居の左側に大きな瓶が4つ据えてあります。これは「四季の瓶」といわれるもので、瓶の中の雨水の量の多少によってその年の吉凶を占うというものです。

 「ひげなで祭」という奇祭があり、毎年1月10日に行われます。

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 ≪鳥居河岸≫



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